皆さんこんにちは。
初めまして。どさん子事業本部、加盟出店開発部の廣瀬と申します。
いつも『どさん子ブログ』ご覧いただき有難うございます。
簡単に私の職務経歴を紹介させてください。
18歳~30歳までの13年間、大阪のホテルで蝶ネクタイをつけて働いておりました。
現在のFCビジネスに転職したきっかけはホテルの心臓部と言われおります
『スチュワード』※高価な食器等を管理する部署
での研修の際に人生の諸先輩(女性)から言われた一言でした。
ホテルの『スチュワード』は高価な食器、グラス類を扱う最重要管理部署の位置づけの為、
飲食部門のリーダーは取り扱いを理解する為にも定期的に研修へ行きます。
そこで『ものを大切に扱う』事を厳しく指導されます。
主にスチュワードには洗い場も併設しており、そこには定年退職後の元ホテルマン等高齢の方々が日々、
大変な環境の中お客様に粗相、不備のない様に丁寧に洗い物をしてパーティー会場、
各レストラン、お部屋でセットされお客様が使用されます。
そのスチュワードでの研修の際に、
当時70代の女性スタッフの方に言われた一言が僕の人生を変えました。
『あなたは将来、このホテルで一生を終えるの?それも素晴らし事ね。ところであなたはこのホテルを使う側にはなりたくないの?』
と言われました。
今でもですが、大好きなホテルでしたので悩みましたが、
僕はホテルを使う側(社員としてではなく、お客様として)なりたい。なろう!
とホテルからの卒業を決意しました。
前後しますが、学生時代1番最初にアルバイトしたのは、
実家近くの『萱島飯店』という中華料理店でした。
主な業務は皿洗い、餃子作成、出前だけです。
そこのマスター(オーナー様)は僕にとてもよくしてくれた思い出があります。
いつも油まみれ、汗まみれになりながら休みも殆どなく、日々営業に挑まれているある日の事です。
『今度家建てるから買った土地の雑草抜き手伝って!』と言われ、
行ってみるとなんと!200坪はある大きな土地でした。
それを見てから僕は
『頑張ったら何屋さんでもこんな大きな御家が建つんだ~』
と感動した事を今でも鮮明に覚えています。
いつの日か僕もラーメン屋さんになれたら良いな~とずっとずっと考えて生きていました。
その学生時代からの淡い想いとホテルマンからの想いが重なり、
ホテルを卒業して、FCビジネスに携わらせて頂き、
今、ラーメン業界で出店の業務をさせて頂いております。
そして改めて、
タイトルに記載しました様に、
『念ずれば・・・』想いは叶うんだな~と痛感してます。
全国で約32,000店あると言われている激戦業態ですが、
今の日本の国民食と言われており、海外からの評価も非常に高いです。
ご利用のお客様からは『オープンしてくれて良かった!』、
運営オーナー様には『オープンして良かった!』と言われるように
今後も出店開発に尽力して参ります。